東北大学 東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)

[取材協力] 峯岸 直子 教授/長神 風二 特任教授

東北の地域住民の健康・医療を支えるバイオバンク事業と

日本のみならず世界の医学研究に貢献するゲノムデータベースの構築


東日本大震災に見舞われた東北の地に、東北大学大学院医学系研究科として何ができるか。長期にわたると予想された復興に向けて、この地に長期的な医療支援が必要であると捉えたことが始まりとなり、「東北メディカル・メガバンク計画」は歩み出した。健康調査を実施して第1段階(平成28年度まで)に15万人規模のゲノム情報を含む前向き住民コホートを形成すべく、試料の保管温度や輸送状態、スタッフの稼働時間などを調べてプロセスを最適化することは、日々の試行錯誤と、多様な専門性を持つ人材が集ったからこそ実現できたのだと、峯岸直子教授と長神風二特任教授は振り返る。また、早期に1000人分のゲノムを解析し、日本人の全ゲノム参照パネルとして公開できたことには、「東北大学」という組織が長年培った“地域住民からの高い信頼”が欠かせなかったと言う。

東日本大震災からの復興に資する "未来の医療"を担う医療基盤を作りたい

2011年3月11日の東日本大震災を契機として東北大学に設立された「東北メディカル・メガバンク機構」(以下、ToMMo :Tohoku University Tohoku Medical Megabank Organization)。同機構で広報を担当する長神風二特任教授は、「この未曾有の大災害、復興には長い時間がかかることが明らかであり、この地域で研究と教育を担う東北大学大学院医学系研究科として何をすべきか当時関係者間で議論になりました。そして、長期に渡って地域住民の健康に対する影響を調べ、今だけでなく、将来に向けて復興を支援することが、私達の重要な役割なのではないかとの考えで一致しました」と振り返る。長神特任教授らは、復興に向けた何らかの手がかりにならないかと、世界の先行する事例、災害と健康や疾患に関する先行研究を調べたが、インドネシアの地震後などに欧米の研究者が心的外傷後ストレス障害(PTSD:Posttraumatic stress disorder)を研究している論文等が見つかったものの、健康影響全般に関して規模が大きく、調査期間が長い研究は、それほど多くなかったそうだ。東日本大震災は、世界でも珍しい稀有な大災害。「自分たちが調査を行うことで、世界的な先例になれば」という思いも沸いた。

一方で、震災直後から東北大学をはじめ、地域の医療従事者が現場に入り、日常診療と並行して災害支援を続けていたが、東北地方が震災以前から医師不足であったことから、半年ほどで医療現場の疲弊が目立つようになったと言う。東北の医療を支える新たな仕組みが必要とされる中、開始されたのが、一般住民コホート調査とバイオバンク事業を組み合わせた「東北メディカル・メガバンク計画」だ。一般住民コホートとバイオバンクは地域を支える医療基盤になりうることに加えて、医師や研究者を惹きつける装置にもなって、東北地方に長期的な支援が可能になると考えられた。ToMMoの誕生には、東北大学大学院医学系研究科は疫学研究に歴史と定評があったこと、また、2010年3月に計画が発表され、2011年1月から3年間の予定でリクルートが始まっていた環境省の「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」が行われていたという背景もあったそうだ。



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写真1: 久慈市や田野畑村などの遠隔も含め岩手県内各所から届く末梢血や臍帯血など血液試料は、一度岩手医科大学に集約、遠心分離された状態で翌朝に、宮城県内の特定検診会場で採取されたものは午前分・午後分の2便に分けてToMMoへ届けられる。この間、温度データロガーによる温度管理を徹底して行っている。匿名化処理(写真①)された試料はバイオバンク部門に運ばれ、宮城県内分は遠心分離の上、岩手県内分とともに、血清、血漿、DNA、そして細胞(単核球)に分けられ(写真②)フリーザーで凍結される(写真③④)。

■収集される試料・情報について http://www.dist.megabank.tohoku.ac.jp/about/collection/index.html
(写真提供:ToMMo)

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写真2: 凍結終了後、液体窒素が入ったタンクに移し、-180℃以下の環境で保存(写真①②)。生体試料保存作業は基本的に到着後6時間以内に施されている。このような取り組みによって、分析に適した試料、メタボローム解析やプロテオーム解析が行える品質を保証している。採血の内容、処理の仕方は、他の機関で行われているコホート研究と共通化できるよう揃えたという。また、ゲノムの機能、変異がどういった影響を与えるかを知るために、5mlの血液から得られた細胞を保存し、将来のエピゲノムや遺伝子発現などの研究に備えている。希釈分注作業・ジェノタイピング工程・シークエンシング工程を経て得られたゲノム・オミックス情報は、データベース化と解析処理のために導入したストレージ容量 計19.3PB(ペタバイト)のスーパーコンピューター(写真③)へ送られる。
写真提供:ToMMo


これにより、宮城県では東北大学のToMMoが20歳以上の一般住民5万人を対象とする地域住民コホート調査を、さらに、岩手県では岩手医科大学の「いわて東北メディカル・メガバンク機構」が3万人を対象にする地域住民コホート調査を開始。「調査対象となる人数は疫学解析として必要な人数、かつ予算や大学で対応できる人数などから算定されたものです。被災者を特定して支援するのではなく、より長期的な視点で、一般住民の皆様の健康に貢献する支援をし、住民の皆様と"未来の医療"を作ることが目的です」と長神特任教授は語る。


宮城12万人・岩手3万人の一般住民のデータと検体を収集

BB_ToMMo_minegishi1.jpg地域住民コホート調査がスタートしたのは、震災から約1年後。ToMMoのメンバーは、宮城県内の自治体を回り、市町村の特定健診に相乗りする形で一般住民コホート調査とバイオバンク事業について一人ひとり、それぞれ30分程度かけて「コホート調査研究は結果が出るまで長い時間が必要。ご自身の医療には直接役に立ちませんが、子どもさんやお孫さんの世代のための未来の医療づくりにご協力を」と説明し参加への同意を取り続けた結果、たった3年間で予定通り宮城県分として12万人、岩手医大担当分も合わせると15万人 の登録・検体収集を達成した。多くの自治体を回って地域の人々と会い登録に携わった長神特任教授は「一般住民の皆様の"大災害を受けた地域に貢献したい"という気持ち、また東北大学への信頼を強く感じました」と当時を振り返る。「バイオバンク事業で必要なのは、住民の皆様との信頼関係の構築であることは間違いありません。研究を行う側も、ELSIなど倫理面がしっかりしていなくては、バイオバンク事業はたちどころに支持を失ってしまうでしょう」。 登録者から集めたのは、特定健診の検査項目の結果と、血液・尿・臍帯血と生活習慣情報で、個人が結びつかないように匿名化して解析している。
現場で大きな課題となったのが、検体の採取・保存・輸送・分析の方法。日本の都道府県で北海道に次ぐ面積を持つ岩手県とともに宮城県の各自治体で検体を集めて解析する方法を最適化するために、ToMMoのバイオバンク事業の責任者である峯岸直子教授は、各自治体において検体採取にかかる時間、保管温度、輸送状態などを調べたと言う。「夕方に採取した検体は翌日まで冷蔵庫に入れるといった決まりごとを作るところから、各地からの輸送態勢の調整、また、多数送られてくる 検体の取り違えをしないための工夫なども必要でした」と峯岸教授は当時を振り返る。ToMMoの研究施設の設計や装置の選定にも携わった。

「どんな検体を集め、何を調べるかという調査や解析のデザインから、バイオバンクの運用・解析に必要な付随情報や試料品質まで、ToMMoの多くのファカルティーメンバーが意見を出し合い、朝早くから夜遅くまで顔をつきあわせて議論しました」。その結果、峯岸教授は、組織内でのネットワークの強化や研究に関する異分野融合が図られたように感じたそうだ。



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図1:検体入手から、ゲノム・オミックス情報を統合データベース(dbTMM)に取り込むまでのフロー



なお、今、世界的にバイオバンクの検体の品質や情報セキュリティーを標準化する動きが進んでいるが、ToMMo では 2016年にバイオバンク室、試料・情報分譲室・統合データベース室に関して情報セキュリティマネジメントシステム(ISMS)の国際規格 ISO 27001認証を、さらに、バイオバンク室はISO9001(QMS)認証を取得している。
*第1回バイオバンク連絡会(2017年8月1日開催)におけるISO認証取得に関する峯岸教授の講演資料(PDF:500KB)および講演動画(外部リンク:USTREAM AMEDチャンネル、12'15頃から)を公開中。


健康調査の情報と全ゲノム配列を含む 検体の解析情報を統合したデータベースを構築

このようにバイオバンクとしてのシステム構築を続けながら、ToMMoでは、健康調査や検体の収集の開始から約半年後の2013年秋にはコホート調査に参加した宮城県民1,070人の全ゲノム配列の解読を 完了した。また2015年には、その1,070人分の全ゲノム情報のうち、すべての一塩基多様体 (SNV:Single nucleotide variant)の位置情報、アレル頻度、アレル数の情報をウェブから調べられるように公開した。全ゲノム情報に基づき、日本人ゲノム解析ツール「ジャポニカアレイ®」の開発にも成功している。 さらに2016年には、世界初となるコホート研究による健康調査の情報と全ゲノム配列を含む検体の解析情報を統合した統合データベース(dbTMM)も公開した。

また、格納されているすべての基本情報、健康調査の情報の項目、データ分布のグラフなどは、統合データベース(dbTMM) カタログとして公開。これらのバイオバンクやデータベースは、既に国内外の研究者に使用され、さまざまな成果につながっている。現在は、試料提供者の診療情報などを統合データベース(dbTMM)に取り込むといった高度化に取り組んでいるところである。 さらに、2014年から地域住民コホート調査や三世代コホート調査の参加者を対象に開始した「脳と心の健康調査」も開始。脳と大腿部のMRI検査、脳認知力検査、質問票、臨床心理士による面談によって認知機能やメンタルヘルスと震災との関連を見る。この調査結果も近く公開の予定だ。いずれゲノム情報や検体の解析情報と統合することを視野に入れている。 最近では、認知症や運動器疾患などの患者由来の検体のデータベースを持つ国立長寿医療研究センターと共同研究の提携が決定、健康寿命や老年病の研究への貢献が見込まれる。

審査を経た分譲利用も2015年の8月の開始から9件と少しずつ伸びている。(試料・情報分譲申請の流れ申請に関する文書・様式費用について (「試料・情報の分譲申請に係る費用の例」も掲載))現在は、分譲対象となっているのは最大で2.3万人分だが、コホート調査全体の15万人に徐々に増やしていく見通しだという。「利活用が進むよう、よりスムーズな分譲を目指しつつ、コホート調査の参加者と約束した外部委員中心の委員会によるきちんとした審査を経ることも重要です。どのプロセスを簡素化・効率化できるのか常に見直していこうと思います」と長神特任教授は語る。

東北メディカル・メガバンク計画は開始から5年が経過し、登録した一般住民のにもう一度対面での調査を行う詳細二次調査が始まった。世界でも最大級のコホート調査と検体の収集、そして統合データベース(dbTMM)には、今後も大きな期待が寄せられている。


(取材日:2017年9月22日)


峯岸 直子
1957年、宮城県生まれ。1982年に東北大学医学部卒業、1989年に同大学院修了(医学博士)。東北大学加齢医学研究所付属病院 医員、東北大学 助手(医化学)、筑波大学 講師・助教授(基礎医学系)、東北大学先進医工学研究機構 准教授、仙台大学 教授、宮城大学 教授を経て、2012年より東北メディカル・メガバンク機構 バイオバンク生命科学分野 教授。バイオバンク事業部長、バイオバンク室長、子どもコホートセンター副センター長、仙台子どもけんこうスクエア 副センター長も務める。

長神 風二
1974年、東京都生まれ。東京大学大学院総合文化研究科 博士後期課程満期退学。日本科学未来館、独立行政法人科学技術振興機構、東北大学脳科学グローバルCOE 特任准教授を経て、2012年より東北メディカル・メガバンク機構 准教授。2013年に同機構 広報渉外・企画分野 特任教授。副部門長、 総務・企画事業部 副事業部長、広報戦略室長も務める。専門は、サイエンスコミュニケーション、科学広報。

関連サイト情報

東北大学 東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)ウェブサイト
http://www.megabank.tohoku.ac.jp/

東北大学 東北メディカル・メガバンク機構での試料の匿名化作業・バンキング作業についての参考資料
News Letter_vol.05(2013.9.30 発行)
http://www.megabank.tohoku.ac.jp/wp/wp-content/uploads/2014/03/Newsletter5.pdf